STARLITE CREATORS Vol.16 マイナス253℃の世界で「漏らさない」をつくる―水素社会のための技術開発への挑戦

極低温評価技術

環境への負荷低減に寄与するとされる液化天然ガス(LNG)や、新エネルギー(新エネ)として注目される液体水素。これらが、真冬の南極よりもはるかに低い極低温という環境で扱われていることはご存じですか?極低温の世界では、材料・構造・評価すべてにおいて、これまでの常識が通用しません。今回は、極低温評価技術の開発担当M.Mさんと、その評価設備を使って製品開発に挑むN.Nさん―極低温設備をつくる側と使う側、2人のCREATORSに話を聞きました。

水素社会の実現に向けて、スターライトはどのような役割を担っているのでしょうか?

N.N

N.N: 水素社会には「つくる」「はこぶ・ためる」「つかう」という工程があります。その中で、私たちが担っているのは「はこぶ・ためる」工程です。いま開発しているのは、液体水素受け入れ基地などで使われる極低温向けバルブ用シール「液化ガスを安全に制御し、運ぶ・貯める工程で漏らさない」役割を担っています。

極低温向けバルブ用シールとは、どのようなものですか?

M.M

M.M: バルブは、液体や気体を「流す」「止める」「絞る」ための装置です。いちばん身近なのは、水道の蛇口ですね。蛇口を開ければ水が出て、閉めれば止まる。その「当たり前」を、−253℃の液体水素で成立させる。それが、きわめて難しいのです。

ここで重要なのは、シールを開発するだけでは製品として成立しないという点です。極低温環境で実際に機能するかどうかを評価し、設計を見直し、再び評価する―その繰り返しによって、はじめて「使える製品」になります。スターライトでは、シール材の開発だけでなく、極低温環境で性能を評価するための試験設備や評価技術も自社で開発していて、開発から評価、製品化までを一貫して行うことができます。この「開発と評価を一体で行えること」が、極低温向け製品開発における大きな強みなんです。

−253℃でも安定安全に稼働する「極低温向けバルブ用シール」開発秘話

液体水素用ボールバルブ

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「自社開発」した「極低温評価設備」こそ、 シール開発成功の立役者

バルブ用シールの開発で苦労したのはどんな点ですか?

N.N

N.N: これまでの前提が通用しない「極低温環境で成立するシール」を設計することです。極低温条件では、材料の挙動が常温とはまったく変わります。常温から−50℃程度までなら、材料の挙動を過去の実績データをもとに予測できます。でも、常温から−253℃という領域では、この延長線上で考えることができません。

M.M

M.M: 金属と樹脂では熱収縮量が大きく異なるため、極低温環境で使用するシールではクリアランス設計が非常にシビアになります。常温で隙間ゼロにすると極低温では漏れ、極低温で隙間ゼロにすると常温では組み付けできない―その両方を成立させる設計が必要になるからです。そして、その設計が本当に成立しているかどうかは、実際に極低温環境で評価して確認するしかありません。ここで重要になるのが、極低温環境での評価技術です。

秘訣は「極低温評価設備の自社開発」だったんですね!その評価設備の開発で難しかった点は?

M.M

M.M: 一番難しかったのは、「ガスの漏れ量を正しく測ること」です。通常は、流量計で漏れたガスの体積を測定します。ところが、試験機の初号機で実際に試験をしてみると、漏れるガスの量があまりにも少なくて、「表示されている数値(体積)は、温度変化で収縮した空気なのか?」が判断できず…。これには頭を抱えましたね。

極低温では、気体も大きく収縮しますし、わずかな差が結果に影響します。そこで、ひらめいたんですよね。方法はノウハウなので言えないのですが、ガスの漏れを定量で把握できるようになりました。

極低温評価設備

外部試験や理論検討という選択肢もある中で、なぜ社内で極低温評価をやろうと考えたのでしょうか。

N.N

N.N: すでに存在する外部試験に委ねることや、AIを駆使した文献調査で理論武装することも考えました。でも、進めていく中で、「集められる情報が足りず、製品設計を決める判断ができない」という場面が増えていったんです。

そもそも、国内で極低温環境を前提に評価できる施設はほとんどないため、データが少なく測定経験をもつエンジニアも多くありません。極低温分野は、常温の延長線じゃない未知の世界。やってみないと、何が起きるか分からない。だから、自分で評価をしなければならないんです。

M.M

M.M: 特に、バルブ用シールが製品として成立するかを判断するためには、「極低温で漏れないこと」「その状態が保てること(再現性)」「実際の使用条件に近いこと」この3つを同時に満たす評価が必要でした。それなら、自分たちで装置をつくり、評価し、判断に使えるデータを徹底的に取ろうと考えたんです。

失敗は「詰み」ではない、信頼できる評価をつくる意味

極低温評価設備の開発で、忘れられない瞬間はありますか?

M.M

M.M: 忘れられないのは、最初のバルブ用シールの評価試験。測定器が振り切れるほどの量のガスが漏れていました。

N.N

N.N: 評価設備の問題ではないんですよ。結果的には、シールの設計に問題があったんです。

M.M

M.M: でもそのとき、いろんな考えがよぎりました。どこが収縮しているのか。どこに隙間が生まれているのか。

その漏れは、シール設計の問題なのか。それとも評価機器や治具の影響なのか。バルブ用シールを固定する治具にズレはないか。そもそも、測定者側が確実に、迷いなくサンプルをセットできる構造になっているか。etc.

評価設備を開発した身として、ユーザー目線を意識した瞬間っていうのかな。信頼できるデータを確実に取れること、安心して使ってもらえる評価環境であること。その保証がなければ、バルブ用シールの設計の良し悪しを判断できませんからね。

評価設備を開発する様子
N.N

N.N: その後、設備の使い勝手についても、私からリクエストをさせていただきました。治具の形状や配置など、評価がよりスムーズに進むよう注力してくれて、M.Mさんには足を向けて寝られません。

M.M

M.M: 要求性能を満たすために何度も設計変更を重ねるNさんの姿を見ていると、評価機器側で足を引っ張ることは絶対にあってはならない、って気合が入ったからね。

N.N

N.N: それ、初めて聞きました(照)評価環境が信頼できると分かっていたからこそ、設計変更に集中できたんです。複数の設計案に優先順位をつけて検証し続けた結果、現在、このシールは採用が決まり、量産移管の段階に入っています。最初の量産品はすでにお客様へ納入され、現在はバルブ本体への組付けが進められています。今後、実証運用を経て、水素基地へ段階的に展開される予定です。

社内に評価設備があることで、スピーディに何度でもチャレンジできる。だから、失敗しても、詰みとは思いませんでしたしね。やみくもでなく、評価結果を見ながら仮説を更新し、次の一手を打てる安心感がありました。

M.M

M.M: 評価があるから、失敗は「終わり」ではなく「次の改善点」になる。極低温評価技術は、バルブ用シールの開発を前に進めるための土台だと思っています。

N.N

N.N: 求められる性能を聞き、試し、結果を持ち帰り、改善案としてまた提案する。「なぜダメだったのか」「どこを変えたのか」を具体的に示し、スピード感をもって提案し続けることができるのは、自社で評価できる強みだと思います。お客様からも「自分たち以上に真剣に向き合ってくれている」と感激されました。

製品開発担当N.Nさん

極低温評価技術のこれから

極低温評価技術は、ひとつの形になったようにも感じます。次に見据えていることは何でしょうか。

N.N

N.N: ここで得た知見は、極低温環境下で使われる他のシール部分にも展開できると考えています。将来的には、水素社会の「つくる」「はこぶ・ためる」「つかう」すべての工程で活躍できるシールを開発していきたいです。

M.M

M.M: 私も、いまの評価設備が完成形だとは思っていません。Nさんの夢を一緒に実現させるべく、ありとあらゆる形状のシールを評価できるような治具を開発したいと考えています。それで、Nさんをもっと忙しくさせてあげたいですね(笑)

水素社会の実現に向けたスターライトの挑戦

水素社会の実現に向けては、エネルギーの環境負荷低減だけでなく、安全に運び、貯め、使用するための技術が不可欠です。LNGや液体水素は、その多くを海外から輸入するため、効率よく運ぶ技術が重要になります。その手段がガスを液体に変えることですが、そのためにはLNGなら−162℃、液体水素なら−253℃という極低温環境をつくらなければなりません。

スターライトは、この極低温環境で使用される機器において、「漏らさない」「安全に制御する」ためのシール技術と評価技術の開発を通じて、水素社会を支える技術開発に取り組んでいます。今後も、極低温環境で求められる技術課題に向き合いながら、水素社会の実現を技術面から支えていきます。

インタビューまとめ

正直に言えば、今回の取材は「言えないこと」の多さとの戦いでした。極低温評価は、条件も設計も機密の塊です。それでもお二人は、言葉を選びながら話してくださいました。具体的な数値は出せなくても、挑戦の重みは伝えたいという気持ちが嬉しかったです。測れないなら、測れる環境を自分でつくる。

その姿勢があるからこそ、バルブ用シールは採用されたのだと感じます。そして今もなお、「もっと広げられる」と言い切る。極低温という冷たい世界で、いちばんアツいのは、エンジニアの志でした。

極低温評価技術

🔗関連リンク

私たちは、水素社会の「つかう」工程に関わる技術も開発しています。スターライト工業の独自材料 ALP(アルプ)は、九州大学水素材料先端科学研究センターさまとのタッグにより、超高圧水素圧縮機のシーリング分野でも飛躍を遂げています。

「On Your Side Vol.4 | Kyushu University Hydrogeniusさま×ALP超高圧水素圧縮機シーリング向け複合材料グレード」もチェック↗

「こういう相談、してもよかったんだ」―そんな声を、よくいただきます。

スターライトでは、お客様の実機環境を想定した評価を行うために、必要に応じて評価設備そのものを設計・開発しています。既存の試験条件に合わせるのではなく、「実際の使用環境で本当に成立するのか」を検証するための評価環境を整えます。図面1枚からでも構いません。まずは、お気軽にご相談ください。